ドラマ(シリアス、ハートフル) 映画評

THE PASSION OF THE CHRIST *パッション*

投稿日:2005-02-13 更新日:

2004年/米・伊

監督 :メル・ギブソン

CAST:
ジム・カーヴィーゼル、モニカ・ベルッチ
マヤ・モンゲルステル、ロザリンダ・チェレンターノ
フランチェスコ・デ・ビート、フリスト・ジヴコヴ

<STORY>
紀元前700年のエルサレム。ある日、イエスは十二使徒のひとりであるユダの裏切りによって捕らえられる。イエスを尋問した大司祭カイアファは、イエスが自らを救世主(,メシア)であり神の子と認めたとして激怒し、イエスが神を冒涜したと宣告する。ローマ帝国総督ピラトのもとに身柄を移されたイエスは、そこでも揺るぎない姿勢をみせる。やがて荒れ狂う群衆に気圧され、ピラトはイエスを十字架の刑に処する判決を下す。凄惨な鞭打ちを受け変わり果てた姿となったイエスは、ついに十字架を背負いゴルゴダの丘へと歩を進める…。

<感想> 評価 ★ no Judgment
アメリカで公開当時、ショックによる死者が出たり、自首する犯罪者が現れたり、ユダヤ人差別だと騒ぎが起きるなど一種の社会現象にまでなった作品。全編、セリフはアラム語とラテン語で人間イエス・キリストを徹底的に追求した映画である。
無神論者の私でも「キリストの受難」は知っているほど有名なので本作に興味を持っていたが、観る機会を失っていた。今回、四季の「ジーザス・クライスト=スーパースター」観劇の為のの予備知識として鑑賞。

見終わって思ったことは「ナゼ、イエスは大司祭や民衆から神への冒涜だと非難され、十字架に処せられなければならなかったのか?」と言うこと。本作は、身の危険を感じ、司祭と民衆から身を隠しているイエスをユダが、たった銀貨20枚で裏切るところから始まるため、私の疑問は解決されないまま。
調べたところよると、イエスは、エルサレム神殿を頂点とするユダヤ教体制を批判し、自分こそが「救いの神(メシア)」と言い、民衆から預言者であると崇められはじめた為、ユダヤ教の司祭とその教徒らから神への冒涜だと非難され、十字架刑に処せられたらしい。
と、言うように、この映画でイエスを学ぶことは出来ないが、過去に見聞きしたイエスについての情報は繋がりを持ち出すことはできるだろう。
本作は映画の域を超えた作品であり、キリスト教徒であるのか、ないのか。何のために観るのかと言う意識を持つか、持たないかで評価が変わる作品と言えるだろう。

最後に、イザヤ53章5節より

彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、
私たちの咎のために砕かれた。
彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、
彼の打ち傷によって私たちはいやされた。

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