アクション(ギャング・バイオレンス・戦争) 映画評

HISTORY OF VIOLENCE *ヒストリー・オブ・バイオレンス*

投稿日:2009-02-13 更新日:

2005年/米 PG-12

監督 :デビッド・クローネンバーグ

CAST:
ヴィゴ・モーテンセン、アロア・ベロ、エド・ハリス
ウィリアム・ハート、アシュトン・ホームズ

<STORY>
インディアナ州の小さな田舎町で、トム・ストールはカフェを経営、弁護士の妻エディと子供達ふたりと静かで幸せな毎日を暮らしていた。そんなある日、閉店間際の店に入ってきた男二人は、閉店を伝えるトムに対して強い口調で注文し、銃を突きつけた。危険を察知したトムは強盗の一瞬の隙をついて銃を奪い取り、強盗ふたりを射殺する。店の従業員・客も皆、無事。トムの行為は正当防衛とされ、一夜のうちに田舎町の英雄となってしまう。しかし、その報道を観たマフィア風のふたり組がトムの店を訪れ、「ジョーイ」とトムに声をかけるのだ。人違いだと主張するトム。しかしマフィアに引き下がらない。トムは本当に人違いされているのだろうか・・?

<感想> 評価 ★3
グラフィックノベルと言う大人向けのアメリカンコミックが原作、「愛と暴力の対立」がテーマらしい。まさに、「暴力によって事件が起き、暴力によってそれを解決するしかなかった」と言う内容だった。しかし、その「暴力」をこの映画はけして肯定はしていないところに意味があるのだろう。
要所々でグロい暴力描写が多く、「愛」の表現として激しいセックスシーンが出てくるのでR-12の指定だと思うが、それだけの映画ではなく、社会派の部分もある。
私は暴力では何も解決されないと思っている。けれど、気の優しい息子がクラスメイトに何度もいじめを受けるのに、されるがままの姿が歯がゆくして仕方なかった。息子が店に押し入った強盗を射殺し、町の英雄になった父の影響を受け(私はそう理解した)いつものようにからかってきた同級生を殴る蹴るの暴行をし暴力でうち負かすシーンは胸がスカッとした。暴力はイケナイと否定的な私なのに・・だ。つまり、人を守ったり、我が身を守ったりする暴力は<正当防衛>とされ、自分の利益のため、人を屈させるために振るう暴力は<悪>と暴力には2面性があるのだと言うことを浮き彫りにし、見せつける。ヴィゴが演じるトムは過去に<悪の暴力>を、現在は家族、そして自分を守る為に<正当防衛の暴力>を、同じ人間が2種類の暴力を振る。複雑だ。
トムも苦しいだろうが、妻も苦しむ。愛情豊かに家族を支えてくれたのはトム、嘘ではない。けれど、ジョーイと言う暴力で作られてきた過去を持つ夫を簡単に受け入れられるワケがないのだ。
トムは過去を葬ってきたつもりだろうが、過去の痕跡は簡単には消え去らない。家族を思うが故に隠してきた過去だが、隠してきたことによって、妻と息子の信頼は完全に崩壊する。
哀しいことにトムとなる為に封印してきた暴力の過去を清算するには、結局暴力でしか消せないのだ。家族は、過去を背負ったトムを受け入れられるのだろうか?余韻を残したままで終わる。その後を観客に託した終わり方だ。

ヴィゴと言えば「ロード・オブ・ザ・リング」のアラゴルンが代表作。私も「ロード・オブ・ザ・リング」を観てヴィゴファンになった。ファンになってから彼の過去作品を見たのだが、若い頃は色気のあるセクシーな役どころが多った彼が、本作品では良き家庭人の平凡なトムから、彼の中で抹殺したはずのジョーイという存在を徐々に蘇えらせ、狂気を孕むジョーイへと変わっていく様を見事な演じ分けている。

私は知らなかったのだが、デビッド・クローネンバーグ監督は破滅的なバイオレンス作品を多く作成している巨匠でファンも多いらしい。

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