エイジ   重松清 著

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20090507_690601<本帯より>

ぼくの名前はエイジ。東京郊外・桜ヶ丘ニュータウンにある中学の二年生。
その夏、町には連続通り魔事件が発生して、犯行は次第にエスカレートし、
ついに捕まった犯人は、同級生だった―。その日から、何かがわからなくなった。
ぼくもいつか「キレて」しまうんだろうか?・・・・・
家族や友だち、好きになった女子への思いに揺れながら成長する少年のリアルな日常。
山本周五郎賞受賞作。
<感想>
2004年度読書感想コンクール課題図書。
中3の息子が読みたいとピックアップした本書を重松清ファンの私も便乗して読破。
自分の中学時代を思い出し、現在中3の息子の気持ちに立ち、主人公エイジの両親の立場になり多角的な視点で読んだ。
「通り魔事件」の犯人が同級生だったと言う事実。
犯罪を犯してしまった同級生と自分とはどこが違うのか?エイジは自問し始める。
そして、自分の内に彼と似た感情「その気」の存在を自覚する。
この感覚、わかると思った。
みんな<危うさ>を持ってる。犯罪を犯してしまいそうな危うさ、人を簡単に傷つけてしまう危うさ、気が振れてしまいそうな危うさを。
「犯罪を犯す」と「踏みとどまる」の境界線が明白でないモヤモヤした不安感を
抱えてしまうのが、14,15,16歳頃なんじゃないかと思う。
エイジが言う「キレる」と言うのは大人が思っているような我慢や辛抱がプッツと切れることを言うんじゃないと。自分にとって大切な繋がりのあるものをわかっていながら突然切りたくなることを言うのではないかと語っている。そうかも知れないと思う。
443ページからなる長編小説。中学生と言う大人の入り口に立った少年の振れたら瞬間にスパークするような一触即発のピリピリした日常が溢れている小説だった。
これを読む14歳の息子は何を思うのだろうか。
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