ポルトガル旅行のことをblogに書き残しておきたいと思いつつ、アルバム作りに時間を費やしたり(やっと発注)日々に流されて、何も書かないままに2ヶ月経過・・・・時が経つのは早いもの。
旅行記も時系列で書くのがベストだろうけれど、2ヶ月も過ぎてしまったので、違う切り口で書き綴ることにしました。
まずは、第1弾 Fatima(ファティマ)から
ポルトガルと言えばリスボンでしょ??って?
ですよね?そうなんですよ!もちろんそれは追々記事にしますが、アルバムを作っていて、意外にも”ファティマ”が印象深いことに気づきました。
ファティマを訪れた日は、朝からかなりの雨。観光するには残念なスタートでしたが、ファティマに着いた時、みるみるうちに灰色の雲が去り、晴れ間が見えました。ファティマで見た澄んだ青の空、印象的でした
ファティマは、リスボンからバスで1時間半ほどの距離にあるカトリック教会の聖地です
[wc_fa icon=”camera” margin_left=”” margin_right=””][/wc_fa] 白い塔はBasilica(バジリカ)
高さ65m
塔の前の大広場は収容人数30万人以上だそう。
実際、毎月13日、特に5月、10月の大祭には10万人以上の巡礼者が訪れるようです。
左側に見えるガラス張りの建物は「出現の礼拝堂」と呼ばれ、聖母マリアが祀られていました。
知っているひとは知っている「ファティマ第三の預言」の舞台がココ、ファティマだったんです
(※「ファティマ第三の預言」については記事の最後に説明)
観光客も多いけれど、熱心な信者も多く、ロウソクの灯が絶えません。
広場には大理石の祈りの道があり、信者は跪きながら「出現の礼拝堂」まで進むようです。
日本で言う「お百度参り」に似たような印象
映像が揺れたり、ピンぼけ、地面を写しているところまでありますが、
ファティマの厳かな雰囲気は伝わるかな?と思って動画にまとめました。
よかったら見てください
「ファティマ第三の預言」とは・・・1917年5月13日。ファティマに住むルシア、フランシスコ、ジャシンタという3人の子供たちの前に聖母マリアが現れ3つの預言を託したもので、ルシアが後に書き残した3つの預言書がベースだそうです。
1つめは、第一次世界大戦の終結。そして二つめの預言は第二次世界大戦の勃発。しかも、その全てが預言通りとなっているとか。そして問題となっているのがファティマ第三の預言。聖母マリアはルシアに対して「第三の預言だけは決して他言せず1960年に公表するように」と命じました。彼女はその内容をバチカンのローマ法王庁にだけ伝え封印。その内容を知った当時のローマ法王パウロ6世はあまりの恐ろしさに卒倒したと言われています。しかし、ファティマ第三の預言は1960年を過ぎてもバチカンは公表していないままだそうです。
それから。。。。近況を
長年はじめたい、やりたいと強く思っていたことがあったけど、はじめられなかったのには色々理由があって、その大きな理由の1つが、”その事柄に拘束されること”が不安だったから。
”はじめる”と言うことは、曜日と時間がを確定することになる。
私はどうもその”拘束される”ことに異常に不安を感じてしまうのだ
はじめることは、自分で自分の首を絞めるようなモンだと思うと一気に不安になり気持ちが落ちていくので、先延ばし、先延ばしを繰り返してきた。今回も、かなり迷ったし、躊躇していたけれども、ひとつの転機だと奮い立たせて、探し、行動し、決めた。
決めたらその日が少し楽しみになってきた
楽しもう、時間を。味わおう人生を・・
コメント待ってます♪
ポルトガルってどんな国なのか想像つかなかったんですよ。名前は知っていても。その国の素敵さって観光地として有名な場所だけではなかったりして、自分の心の片隅に触れる何かが合致した時に、いいなぁって感じますよねぇ。
nagiさんの何かが始まったのですね。思いきりその時間を味わってください。一度しかない人生ですから。応援しています。
なんさん
ポルトガルは日本ではさほど有名な渡航先ではないのでマイナーですが、大都会でない良さのあるところでした。ゆっくりの更新になりますけど、ぜひポルトガル記も読んでくださいね♪
あと、はじめました。なんさんからの助言もプラスになりました。ありがとー。
人生の1つのテーマとして続けて行く習い事にしたいです