幸せと時間

日々のつぶやき

月曜日の夕方から、長男が1泊で帰ると言う。
アホみたいだが、オカンの私はやっぱりウレシイ。
そして、そら(愛犬)もウレシイ。

とは言っても、息子も娘も成人し、社会人なので私が世話することもほぼない。

娘は、「いずれひとり暮らしをする予定だけど、今は、家から通う」と宣言、一緒に生活してるので、いろんなことを話すし、一緒に買いものに行くこともあるけど、長男にとっては、【そらに会うため】の帰省だ。

前回、帰って来たのは、6月じゃなかろーか・・・
クルマで20分弱のところに住んでるって言うのにさ。

前回の帰省時、近所に友だちがいないこと(大学が北海道だった故)
コロナ渦で、友だちと会うことも叶わないことが心配になり、なんだかんだ息子を心配したのだが、長男は、「べつにフツー。仕事もがんばってるで。大変やけど」と言うだけで、あとは話しかけても、スマホばっかり見て、たったの6時間在宅し、夕ご飯を食べただけで帰って行った。

なんやねん、コレ

私はかなり娘にボヤいた。

知らなかったがその後娘は、ダンナの誕生日頃に、「お父さんもお母さんも、そらも、それなりの年齢やから、たまには顔を見せてやって」的なことをラインしてくれてたらしい。

娘、オトナになった。
ファインプレーや

そのおかげか、今回は1泊。
その上、一緒に買いものも行ったし、話しかけたら、いろんなこと話してくれた。

楽しかった(笑)
オカンって単純な生きもんだ。

数ヶ月前、やっと手に入れた任天堂スイッチで、兄妹が楽しそうに遊ぶ姿を見て、オカンは、なんかうれしかった。
(昔はふたりで遊んでたなー)
(あの頃は、育てるのに必死やったけど、気づいたら、こんな立派になったんやなー)

こんな風に感じる時も一瞬だ。
時はどんどん経過する。
この状況は続かない。
だからこそ、愛しい時間だなと思う。

長男や娘に恋人が出来ただけでも、”何か”が変わる。
彼らの祖父母が亡くなっても、私やダンナが病気をしても、”何か”が変わる。
同じじゃない。

そんなことを実感した昨日でした。

 

 

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